佐賀地方裁判所 平成8年(行ウ)3号 判決 2000年5月26日
原告
奥明代
右訴訟代理人弁護士
河西龍太郎
同
東島浩幸
右訴訟復代理人弁護士
鴨川裕司
被告
武雄税務署長 西海武夫
右訴訟代理人弁護士
原田義継
右指定代理人
柳原寛一
同
山本和成
同
阿部精治
同
和多範明
同
山崎元
同
森本凡
同
服巻哲郎
同
渡邉博一
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が、原告の平成二年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度の所得税について平成六年三月三日付でした更正処分のうち、総所得金額六四四万七六六七円、納付すべき税額七八万四二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 原告は、佐賀県武雄市において長期滞在者を主な宿泊客とする旅館業(事業所名「つるや旅館」)を営む個人でいわゆる白色申告者である。原告は、賃貸アパート二棟(「シャトルマンション」及び「ストークマンション」)を所有している。
2 原告は、平成二年分の所得税の確定申告書に左記のとおり記載して、法定申告期限内に被告税務署長へ提出した。
総所得金額 二二三万三六八九円
内訳 事業所得の金額 △二七万八八三一円
不動産所得の金額 二五一万二五二〇円
納付すべき税額 一二万〇七〇〇円
(△印を付した金額は、損失の金額である。)
3 被告は、原告の平成二年分の所得について、税務調査の上、推計により、平成六年三月三日左記のとおり更正処分(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定」という。)を行った。
総所得金額 一〇〇九万六七九四円
内訳 事業所得の金額 六九四万一二六七円
不動産所得の金額 三一五万五五二七円
納付すべき税額 一八二万一〇〇〇円
過少申告加算税額 二三万円
4 これに対し、原告は、平成六年四月二八日異議申立をし、異議審理庁は、同年七月二二日付で異議申立を棄却する旨の決定をした。原告は、右決定について、平成六年八月一八日国税不服審判所長に対し審査請求をし、同所長は、平成八年六月二四日審査請求を棄却する旨の裁決をし、右裁決書は同月二七日原告に送達された。
二 原告は、推計課税の必要性及び合理性を争い、また実額反証を試みて、本件更正は原告の所得金額を実際の金額より過大に認定した違法があり、したがって本件賦課決定も違法であるとし、被告に対し、本件更正のうち原告主張の総所得金額及び納付すべき税額を超える部分及び本件賦課決定の取消しを求めている。
三 争点
1 推計課税の必要性
(被告の主張)
武雄税務署の担当調査官は、原告に対し、平成五年九月一日から同年一〇月四日の間、再三にわたり、所得額を確認する必要がある旨説明して調査への協力と帳簿、書類等の提示を求めた。しかし、原告は、平成四年分事業所得について断片的なメモの提示はしたものの、それ以上の帳簿等は保存していないなどとして、所得金額の算定に必要な帳簿、書類等を提示せず、担当調査官の質問に対しても極めて不充分な応答しかしなかった。そのため、被告が実額により正確な所得金額の計算を行うことは不可能であり、推計の必要があった。
(原告の主張)
原告は、売上帳、請求書、領収書等関係書類一切を保管しており、調査が行われた平成五年九月一六日、一〇月四日の両日とも、これらを全て担当調査官の前に準備していた。そして、担当調査官に対し、税務調査の目的と、原告の申告内容に疑問があるのなら疑問点及びその具体的な根拠を明らかにするよう求め、疑問点が特定されればそれを解明する具体的な資料はいつでも提示する旨述べており、売上帳等がないなどとは言っていない。よって推計の必要はなかった。
2 推計課税の合理性
(被告の主張)
(一) 事業所得金額の推計方法について
(1) 推計の方法の選択
本件においては、原告の営業形態や非協力のため、原告の収入、支出、生産高、販売高などを把握することができず、比率法(納税者の収入、支出、生産高、販売高などの数値に対し、特定の比率で所得額等を推算する方法)を採り得なかったので、効率法(販売個数、原材料の数量、従業員数、設備、電力等の計算単位の一単位当たりの所得額等から全所得金額を算定する方法)を採用した。
(2) 推計の基準
推計の基準としては、電力使用量を基準とした。それは、右使用量が宿泊客数の多寡により変動するため収入金額と一応の対応関係があり、かつ原告及び同業者の使用量を反面調査により把握でき、本件では最も合理的であると考えられたからである。
なお、原告の旅館の業態に照らし、米の使用数量を基準とすることも考えたが、原告が通常仕入れている米穀販売店の月別取引数量を調査すると、極端に仕入れの少ない月があって、別の仕入先の利用可能性が推認され、その把握が困難であったため、右方法は採用しなかった。
原告は、水道及びガスの使用量を採用すべきだったと主張するが、推計方法の優劣を争うものにすぎず主張自体失当である。また、被告は、水道及びガス使用量の採用も検討したが、水道については、原告や同業者が井戸水を使用している可能性が否定できず、武雄署管内に倍半基準に該当する同業者が一件であることから、また、ガス使用量については、地域によって使用ガスの種類が異なっており卓上コンロの使用も考えられたこと、武雄署管内に倍半基準に該当する同業者がいなかったことなどから、いずれも採用しなかったものである。
(3) 電力使用量
九州電力株式会社武雄営業所に対する反面調査によれば、原告の平成二年度分の電力使用量は、一万五六九六キロワット時であった。
(4) 類似同業者の抽出
被告は、福岡国税局管内の福岡県、佐賀県、長崎県に事業所を有し、所得税の確定申告書を提出している者のうち、左記の基準を全て満たす四名を選定した(いわゆる通達回答方式)。
<1> 旅館業を営む者のうち、工事関係者等の長期滞在者を主な宿泊客とする者(食事を提供しない者は除く。)
<2> 青色申告書を提出している者
<3> 平成二年一月から平成四年一二月までの三年間を通じて右<1>の事業を継続して営んでいる者
<4> 平成二年分の電力使用量が七八四八キロワット時以上三万一三九二キロワット時以下(原告の電力使用量の半分以上二倍以下)の者
<5> 次のいずれにも該当しない者
ア 災害等により経営状態が異常であると認められる者
イ 不服申立又は訴訟係属中である者
(5) 類似同業者の収入金額、電力使用量及び調整済所得金額
抽出した類似同業者の平成二年分の収入金額、電力使用量及び調整済所得金額(青色申告者に限り認められる特典的な必要経費等を控除する前の所得金額。ただし、原告の場合事業専従者は一名なので、類似同業者に青色事業専従者が二名以上いる場合はそのうち一名のみとし、その他の者に対して支給された青色事業専従者給与を給料賃金に振り替えて算出したもの)は別表一のとおりである。
(6) 類似同業者の一キロワット時あたりの収入金額及び所得率
類似同業者の収入金額、電力使用量及び調整済所得金額により算出した一キロワット時あたりの収入金額、所得率(調整済所得金額の収入金額に対する割合)及びその平均値は、別表二のとおりである。
(7) 収入金額
原告の収入金額は、(1)記載の原告の電力使用量に(6)記載の類似同業者の一キロワット時あたりの収入金額を乗じて、二〇二〇万〇七五二円となる。
(8) 事業専従者控除額控除前の所得金額
前項記載の原告の収入金額に(6)記載の類似同業者の平均所得率を乗じて算出した原告の事業専従者控除額控除前の所得金額は、六二六万二二三三円である。
(9) 事業専従者控除額
原告の夫奥次男は原告の事業専従者に該当すると認められるので、原告の事業専従者控除額は八〇万円である。
(10) 事業所得の金額
原告の事業所得の金額は、(8)記載の専業専従者控除額控除前の所得金額から前項記載の事業専従者控除額を差し引いた五四六万二二三三円である。
(二) 不動産所得の推計方法について
(1) 推計方法の選択
被告は、今回不動産所得の金額を主張するにあたり、実額に基づき総収入金額を計算した上で、必要経費については実額での把握ができないので、原告と類似同業者の平均的な所得率を適用して所得金額を算出した。
(2) 総収入金額
原告の不動産所得の収入金額は、シャトルマンション及びストークマンションにかかるものであり、八六八万一〇〇〇円とする(別表三参照)。右金額は異議決定における不動産所得の総収入金額八四四万五二〇〇円より二三万五八〇〇円増加しているが、その理由はストークマンションの家賃収入に別表四記載のとおりの計算漏れがあったことが判明したためである(なお、別表三を原告の計上と比較検討した結果、別表五のとおり計上もれ等が判明したので、正確には、不動産収入の正当額は別表五のとおりの八八七万〇四〇〇円である。)
(3) 類似同業者の抽出
原告の住所地である武雄税務署管内及び地域的に経済環境が類似すると思われる佐賀県内の隣接税務署(佐賀、唐津、伊万里税務署)管内の所得税の申告者を対象とし、前示の通達回答方式により、左記基準に該当する類似同業者一五名を選定した。
<1> 不動産貸付業を営む者のうち、貸付物件が専ら居住用建物のみである者
<2> 青色申告書を提出している者
<3> 一月から一二月までの一年間を通じて右<1>の事業を継続して営んでいる者
<4> 不動産所得の総収入金額が四三四万〇五〇〇円以上一七三六万二〇〇〇円以下である者
<5> 次のいずれにも該当しない者
ア 災害等により経営状態が異常であると認められる者
イ 不服申立又は訴訟係属中である者
(4) 類似同業者の所得率
類似同業者の総収入金額、調整特前所得金額(総収入金額から青色申告者に限り認められる必要経費以外の必要経費を減算した所得金額から、類似同業者に専従者がいる場合は専従者のいない原告の実態にあうよう専従者給与を差し引いた後の額)及び所得率(調整特前所得金額を総収入額で除した百分率)は、別表六のとおりであり、その平均的な所得率は五八・〇六パーセントである。
なお、今回適用した右平均的な所得率が異議決定で適用した数値(六三パーセント)と異なるのは、通達回答方式により類似同業者を見直した結果である。
(5) 所得金額
原告の不動産所得金額は、(1)記載の総収入金額に(4)記載の類似同業者の平均的な所得率を乗じて求めた五〇四万〇一八八円である。
(6) なお、借入金の利子を支払っているか否かは類似同業者の抽出基準としていないが、不動産収入を得るために建物等を取得するにあたり金融機関等から資金を調達し利子等を支払っていることは一般的にみられるところであり、通常存在するこれらの事情は、類似同業者の平均値の中に解消されて推計の合理性には影響しない。
また、不動産所得の推計額は、本件更正では三一五万五五二七円、異議決定では五三二万〇四七六円、本件訴訟では右五〇四万〇一八八円と変わっているが、これは、異議調査・審理においては、更正処分に際して抽出した同業者中原告の業態との類似性に疑問視される者を除外し、そうすると類似同業者の件数が減るため、抽出範囲を隣接する佐賀税務署管内に広げたこと、また、本件訴訟においては、同業者に通常存在する程度の営業条件の差異を捨象しより合理的なものとするため対象範囲を佐賀県下の隣接署に拡大したことによるものであって、恣意性はなく、何ら不明朗と非難されるべきものではない。
(三) まとめ
被告が採用した原告の所得の推計方法は以上のとおりであり、類似同業者の抽出にあたって採用した対象者の範囲、基準等は、同業者の類似性を判別する要件として合理的なもので、抽出過程に恣意が介在する余地はなく、推計の方法として合理的である。
(原告の主張)
(一) 被告は事業所得推計の基準として電力使用量を用いているが、旅館業においては一室に宿泊する人数が日々異なること等から電力使用量と売上げは普遍的に関連性が薄く比例しない。推計の基礎としては、水道、ガス使用量の方が合理的であり、電力使用量を選択したことは不当である。被告は原告が井戸水を使用しているので水道使用量は基準にしなかったというが、原告は井戸水は使用していない。被告は水道使用量に基づく調査、推計を行った結果総売上が低額に推定されたため原告が井戸水を使用していると曲解して右推計を採用しなかった可能性が高い。
(二) 本件更正における不動産所得額は争わない。被告が本件訴訟で主張する不動産所得額については、収入額の捕捉は概ね妥当と認めるが、所得額は争う。
原告は、平成二年には二件のアパート建築のための銀行借入(合計八三〇〇万円)の返済として、元本及び利息を毎月支払っており、支払利息(年間一七二万三九五七円)は当然必要経費にあたる。かかる原告の必要経費は、金利支払いのないアパートの必要経費とは質的に異なるのに、被告が類似業者抽出にあたりこの点を考慮しなかったのは不当である。
3 実額反証
(原告の主張)
(一) 事業所得
原告の事業所得の実額及びその計算方法は以下のとおりである(甲九参照)。
(1) 総売上 一二八八万二二七七円
<1> 旅館売上 一一七六万七一六九円
右は、宿泊代金及び夕食・朝食代金を記載した売上帳(甲二)、通帳(甲三)、領収書控え(甲四)の記載を集計した。
<2> 自動販売機売上 一三万五一〇八円
右は、仕入金額の二割増で計上した(売上金、収入額は不明のため)。
<3> 家族分の食費等 九八万円
右は、家族二人分の食費、水道、光熱費として月額八万円及び二万円を計上した。
(2) 売上原価(仕入れ) 三七九万四六三九円
<1> 売上原価 三三一万四四三九円
右は、領収書・レシートのある分を計上した。
<2> さしみ代金(徳永鮮魚店)四八万〇二〇〇円
右は、一人分仕入代金二〇〇円に夕食付宿泊人数二四〇一人を乗じた。
(3) 諸経費 四九九万五四九八円
(内訳)
一般経費
<1> 電話料金 二一万一二九二円
<2> 電気料金 四七万六六〇二円
<3> 水道料金 二七万九五九八円
<4> 国内信販・ふとん代 六万四三二〇円
<5> 放送料金 七万四三八〇円
<6> 火災保険 三万四五〇〇円
<7> 火災保険 五万五八九二円
<8> その他 一八六万八〇八〇円
特別経費
<9> 給料賃金(奥ヨシノ) 五〇万九五〇〇円
<10> 地代 四八万円
<11> 減価償却費 九四万一三三四円
(4) よって、原告の平成二年度の実額計算による事業所得は、(1)記載の総売上から(2)記載の売上原価、(3)記載の諸経費及び専従者控除八〇万円を控除した三二九万二一四〇円である。
(二) 不動産所得
(1) 原告の平成二年(平成二年一月一日から同年一二月三一日まで)の不動産所得は、合計八六三万円である(内訳は甲一六のとおり)。
右金額は、銀行口座(甲二六ないし二九)に振り込まれた賃料を合計したものである
(2) 同年の不動産総売上に対する経費は、左記合計四六二万九一八七円である(内訳は甲一七のとおり)。
イ 電気代金 甲二六、二七の朱線の払込金合計額
有線代金 甲二六、二七の青線の払込金合計額
水道代金 甲二二(合計額)
浄化槽代金 甲二五(合計額)
火災保険金 甲一九の年間払込共済掛金欄三、四行目合計額
減価償却費 甲三〇
ロ 電気代金 甲二八、二九の朱線の払込金合計額
有線代金 甲二八、二九の青線の払込金合計額
水道代金 甲二三(合計額)
浄化槽代金 甲二四(合計額)
火災保険金 甲一九の年間払込共済掛金欄五行目及び甲二〇記載額の合計額
減価償却費 甲三一
支払利息 甲一八
(3) よって、原告の平成二年度の不動産所得は、(1)記載の金額から(2)記載の金額を控除した四〇〇万〇八一三円である。
(三) 原告の平成二年度の総所得金額は、事業所得三二九万二一四〇円、不動産所得三一五万五五二七円(本件更正のとおり)の合計六四四万七六六七円であり、原告の納付すべき税額は、以下のとおりの計算により七八万四二〇〇円である。
6,447,667円-1,025,800円=5,421,867円(千円未満切捨)
(総所得) (所得控除) (課税される金額)
5,421,867円 × 0.2-300,000円=784,200円(所得税額速算表より)
(四) なお、被告は、原告の実額反証の基礎資料は齟齬があり正確性に疑問があるなどと主張するが、原告は、当時の原始資料として日々につけていた売上帳、顧客からの領収書、顧客からの振込に使用した預金通帳を提出し、それを総合して売上げを計算し、当時の全ての領収書に基づき経費を計算したもので、原始資料としても十分である。中小規模の自営業者においては、被告が主張するような帳簿類を備えている者は少なく、資料相互間にある程度矛盾があるのが現状であるから、矛盾が許される範囲内であれば、現実に営業を行い、書類関係を作成した納税者の言い分を十分に聞き、決着のつきにくい矛盾については課税上納税者に有利に解釈すべきである。
(被告の主張)
(一) 実額反証の程度
原告において所得の実額を主張して課税庁のした前記推計課税の合理性を否定するには、直接資料によって総収入額、直接費用又は間接費用を確実に明らかにすること、すなわち、その主張する収入金額が全ての取引先との間の全ての取引につき捕捉漏れのない総収入金額であり、かつ、支出された経費が当該事業と関連性を有することを合理的な疑いを入れない程度にまで主張、立証しなければならない。
そして、かかる実額による把握は、原則として、全ての収入金額、費用の金額及びその関連性を正確に記帳した会計帳簿によって算出するとともにその帳簿の真実性、正確性を原始記録によって確認することによってなされる。
(二) 本件における実額反証について
(1) 事業所得について
事業所得に関して提出された原告の実額反証の各資料は、全体として訴訟提起後に検討されたもので、日々の記録体系としてのまとまりを欠き不正確で、齟齬も散見され、資料に表われない収入のあることが推認される上、計算も不正確であって、到底採用に値しない。
売上金額については、売上帳、領収書控え、預金通帳のいずれにも記載のない未計上の売上げが現に存在し、その額を確認できる資料は何も存しない。また、雑収入金額(自動販売機売上)として仕入額の二割増しを計上しているが、このような計算自体実額とはいえない。家事消費額の根拠も希薄である。
必要経費についても、原告提出の資料を検討すると、原告主張の売上原価のうち四三万六六二五円、諸経費のうち四〇万一二九七円は必要経費とは認められず、減価償却費については明らかな計算誤りがあり二八万二七二五円は否認すべき額である。
(2) 不動産所得について
不動産所得の実額反証も、帳簿等の存在が証明されていない上、原告の主張する収入、必要経費の裏付けとなる原始記録も十分確認できる状態になく、推計計算の域を出ていない。
原告は、収入金額について家賃振込用の入金額に基づいて集計しているが、前示別表五のとおり二四万〇四〇〇円の計上漏れが認められ、退去者についての預り敷金の清算状況や共益費収入の取り扱い等も不明で、収入金計上漏れが想定される。
必要経費についても、水道料について領収書のないものが推計で集計されていたり、火災保険と物件との対応関係が明らかでないなど、原告は実額反証としての立証を尽くしておらず、かえって、所得金額に多額の計上漏れがあることが推認される。
(3) なお、不充分な資料によるものではあれ、原告の推計方法に基づき実額を算出するなどして検討しても、総所得額は本件更正の所得金額を上回る結果となる。
(4) 以上のとおり、原告の実額の主張は、実額計算としての主張・立証が十分に尽くされているとは到底いえない。
第三争点に対する判断
一 推計課税の必要性について
1 本件調査の経緯
証拠(甲八、三六、乙一、二、二〇、証人堤等、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、税務調査の経緯について以下の事実が認められる(原告本人の供述中右認定に反する部分は採用しない)。
(一) 武雄税務署個人課税部門上席国税官堤等(以下「堤調査官」という。)は、原告の平成二年から同四年までの消費税及び所得税の調査のため、平成五年九月一日つるや旅館を訪れ、原告が不在だったため、対応に出た原告の次女に、訪問目的(「消費税及び所得税の調査」)、同月三日午前一〇時ころ再度訪問するので都合が悪ければ連絡してほしい旨の連絡事項を記載した「お願い」と題する書面を渡し、原告への伝言を頼んだ。同日、原告の夫から電話で「三日は都合が悪い。別の日を連絡する。」といわれたため、堤調査官は、同月八日までに調査に行きたいので三日までに日程について連絡するよう依頼した。しかし、その後原告から連絡はなかった。
(二) 堤調査官は、同月六日午後三時ころ、つるや旅館を訪れ、原告に対し、調査への協力と申告の基になった帳簿、書類等の提示を求めたが、原告は、同日は多忙であるとしてこれに応じなかった。そこで、同月一六日に調査を行いたい旨申し出たところ、原告から同日の午後二時を指定された。
(三) 右日時ころ、つるや旅館では原告夫婦のほか武雄民主商工会の会員である野方ほか三名が同席していたため、堤調査官は守秘義務があるとして野方らを退席させるよう説得したが、原告はこれに応じなかった。そのため、やむなく野方ら同席のまま、調査への協力と帳簿、書類等の開示を求め、原告から「どうしてうちが調査されるのかわからない。いつの分が間違っているのか教えて下さい。」などとして具体的な調査目的や疑問点の説明を求められたため、調査の目的は平成二年から四年までの所得税及び消費税に関する申告内容が正しいかどうかの確認であり、調べてみないとどこが間違っているかわからない旨説明し、また、右協力開示が得られなければ税務署独自の調査を行うことになるなどと説得して、帳簿、書類等の開示を再三求めた。これに対し原告は「旅館の売上はほとんどが振込で現金売上は全体の二パーセント程度しかない。」「民商に頼んでいるので、収入に関しては請求書等や売上帳もない。」などと述べてこれらを提示せず、「集計表は民主商工会の野方に作成して貰っているし、野方に任せているので、野方に聞いて下さい。」と言い残して買い物に出かけた。そこで、堤調査官は野方に対し、次回の調査日を同月二〇日から二二日で調整し一七日までに連絡するよう依頼して辞去した。
しかし、この後も原告から連絡がなかった。
(四) 堤調査官は、同月二〇日午後二時ころつるや旅館に赴き、原告が不在だったため、原告の次女に、本日中に連絡するよう伝言を依頼したところ、翌二一日、野方から、調査は一〇月四日午後一時にされたいとの指示があった。
(五) 堤調査官は、右日時ころ、つるや旅館において、原告に対し改めて申告の基になった帳簿、書類等を全て見せるよう求めた。これに対し、原告から、平成四年分事業所得に関する収入と必要経費の金額を項目別に記載した集計表とするメモ書きの提示を受けたので、堤調査官は、これを書き写すとともに、売上金額を証明できる帳簿、書類等の提示を求めた。しかし、原告は、これらを証明できる売上帳や現金出納帳は作成、保管しておらず、メモ記載の現金売上は振込金額の二パーセントを計上していると説明をし、領収証の一部(ニチユー分)を見せたものの、その余は何ら提示しなかった。
(六) 翌一〇月五日、野方が税務署に平成四年分の預金通帳の写しと減価償却費の明細書を持参したが、その際平成二年分及び平成三年分については書類等は一切ないと申し立てた。
2 以上のとおり、担当調査官は、原告に対し、調査目的を正当に告げた上、申告の基になった帳簿、書類等を全て開示するよう再三説得したのに原告はこれに応じなかったばかりか、所得の実額把握に十分な帳簿、書類等を作成、保管していないことを窺わせる説明をしたのであって、原告の所得を算出するためには推計の必要があったと認めるのが相当である。
3 これに対し原告は、被告が具体的な調査目的や疑問点を開示すれば必要な帳簿、書類等を提示する用意はあったと主張し、本件調査は原告が節税のため民主商工会に加入したことに端を発する嫌がらせであるなどと供述する。しかし、右帳簿類を用意していたと認めるに足りる証拠はない上、証拠(乙二一ないし二八、原告本人)によれば、原告は、昭和六三年まで税理士関与のもと青色申告を行っていたところ、平成元年にこれを止めると同時に申告所得額が極端に減少し、その後の申告所得額も低い水準で推移していたこと、また、原告は平成二年から四年までの確定申告に際し申告書に事業所得及び不動産所得の各所得額のみを記載し、それぞれの収入金額及び必要経費の記載欄は空白のまま提出したことが認められるから、被告が原告の所得申告額の正確性を確認するために右各年度の所得を証明するための関係書類につき全て開示を求めたことにおよそ不当性は認められず、原告の主張は採用できない。
二 推計課税の合理性について
1 証拠(乙三ないし二〇)によれば、被告は、本件訴訟において主張する原告の平成二年分の所得額につき、事業所得、不動産所得ともに被告の主張(前示第二、三、2(一)、(二))のとおりの方法により推計したことが認められる。
2 ところで、推計課税は、被課税者の協力が得られず所得金額の実額を捕捉できない場合に、課税の公平性を確保する観点から実額に合致する蓋然性の高い実額近似値を推計しこれを課税の基礎とするものであるところ、課税庁がかかる協力なしに得られる情報には限りがあり、同人の個別具体的な営業実態に即した推計を行うことには自ずと限界があることからすると、推計所得額と真実の所得額との間に誤差が生じることはある程度やむを得ない。そうすると、推計課税における推計方法は真実の所得額に正確に合致する数値を得ることまでを要求されるものではなく、実額近似値を得るべき手段として合理性が認められれば足りると考えるべきである。以下、本件につき検討する。
3 事業所得の推計の合理性について
(一) 被告が行った事業所得の推計方法は、電力使用量を基礎事実とする効率法であり、基本的に、平成二年分の電力使用量が原告の半分以上二倍以下で業種、業態が原告に類似する青色申告者を類似同業者として選定した上、原告の年間電力使用量に右類似同業者の電力使用量一単位あたりの収入金額、所得率の平均を乗じるというものである。
(二) ところで、原告の営む旅館業は、客室が主として複数人で使用する構造で、主に工事関係労務者などに宿泊と食事を提供するいわゆる簡易旅館であり(争いがない)、右業態からすると、確かに電力使用量は、宿泊客の多寡にかかわらず一定の照明等は必要と思われ、必ずしも宿泊客数に即応して増減するものとはいいにくいのに対し、米の消費量は宿泊人数との連動性がより強いといえ、推計の基礎としては本来後者の選択が望ましいともいえなくない。
しかし、証拠(証人堤、原告本人)によれば、被告は右推計の基礎事実となるべき原告の米の仕入全量をそもそも捕捉できなかったのであるから被告がこれを採用しなかったのはやむを得なかったものである。
また、電力使用量を基礎事実とする推計方法であっても、年間を通じてみた場合には、特段の事情がない限り少なくとも類似同業者においては、収入金額と電力使用量は一般的に相関関係があるというべきであるからかかる方式についても一応の合理性があるといえる。
(三) なお、原告は、平成二年から平成一〇年までのつるや旅館の売上高と電力使用量を示して両者には関連性がないと主張するが(甲三七、三八、四五参照)、そもそも原告が主張する売上高は正確性が担保されておらず、これをそのまま採用することはできない(なお、原告の主張する数値を前提とすれば、かえって、電力使用量と旅館の売上は連動して増減する傾向にあることが見て取れる。)。
(四) また、原告は、本件においてはガス使用量や水道使用量の方がより合理的であったと主張するが、これらは宿泊人数との相関関係の程度という観点からみて一概に電力使用量より優れているとはいえず、捕捉の確実性においてはむしろ劣っているともいえるから、原告の主張は採用できない。
(五) 以上のとおり、本件において被告が電力使用量を基礎事実として推計を行ったことは妥当といえ、類似同業者の抽出基準も相当で、抽出過程において恣意の介在する余地はなく、計算方法に誤りも認められない。よって、事業所得についての被告の推計は合理的といえる。
4 不動産所得の推計の合理性について
(一) 被告は、原告の不動産所得を、まず実額により収入額を算出し、これに類似同業者の平均的な所得率を乗じる方法により推計しているところ、このうち収入額については当事者間に概ね争いがない(もっとも、原告は、収入額は正しくは被告主張額より五万一〇〇〇円少ない八六三万円であると主張するが、甲一六、甲二七ないし二九、乙三〇によれば、原告の計算には一部計上もれがあり、被告主張の金額は実際の収入額を上回るものではないと認められる。)。
(二) 被告は、類似同業者の選定にあたり、賃貸目的不動産取得時の借入資金等の返済の有無については特に考慮していないところ、原告は、一年間にわたり毎月借入利息を支払っていたとしてこれを不当とする。しかし、不動産賃貸業者が不動産取得時の借入利息を支払っていることは業者内に通常存在する程度の営業条件の差異にとどまるものということができ、被告が類似同業者選定にあたり借入利息の支払いの有無を条件としなかったことは必要経費の推計方法として直ちに推計の合理性を損なうものとはいえず、原告の主張は採用できない。
(三) 被告が設定した類似同業者の抽出基準はその他の点においても適当なものといえ、抽出過程において恣意の介在する余地はなく、計算方法にも誤りは認められないから、不動産所得についての被告の推計も十分合理的なものといえる。
三 実額反証について
1 所得税の課税は本来実額に対してされるべきものであるから、推計の必要性、合理性が認められる場合であっても、原告が実額に基づく反証をし、真実の所得を明らかにした場合は、右所得を課税標準額とすべきである。もっとも、実額の反証としては、単に課税庁の行った推計方法を部分的に修正したより合理的な推計方法を示すだけでは足りず、実額によって原告主張の売上金額がその全てであること、原告主張の経費を実際に支出したこと及び右経費が収入金額と対応するものであることを合理的な疑いを入れない程度に立証しなければならない。
2 以上をふまえて原告の主張する事業所得について検討するに、原告は、営業所得及び不動産所得のいずれについても、日毎の入出金をもれなく記載した会計帳簿ないしこれに準ずるものは作成しておらず、主張する売上金額がその全てであること、主張する経費を全て実際に支出しかつ右経費が収入金額と対応するものであることのいずれについても、合理的な疑いを入れない程度に立証しているとはいいえない。
これに対し、原告は、日々につけていた売上帳、顧客からの領収書、顧客からの振込に使用した預金通帳等、原始資料としては十分なものが出されている旨主張する。
しかし、まず宿泊売上についてみると、原告本人尋問の結果によっても、売上帳(甲二)では宿泊代(食事代を含む)以外の売上(酒類、ジュース類、つまみ、弁当代等)は確認できない上、現金支払分のうちの一部は領収証を発行していないのであって、結局、原告の集計には捕捉漏れが存し、かつその額は不明である。また、自動販売機の売上げは推計にすぎず、自家消費分の金額の算定根拠も不明であるから、原告の主張する事業所得は、その余の点を検討するまでもなく実額反証の程度に達していないものといえる。
不動産所得の必要経費についても、原告の主張は系統的に記録された帳簿類に基づくものではなく、提出された資料は大半が本件訴訟のために整理されたもので、一部推計に基づくものも含まれ、また、原資料も提出されておらず実額反証とは認められない。
四 まとめ
以上のとおり、被告が本訴訟において主張する原告の平成二年分総所得金額一〇五〇万二四二一円(事業所得額五四六万二二三三円、不動産所得額五〇四万一八八円の合計)は合理的な推計方法によって得られたものといいうるところ、本件更正にかかる原告の総所得金額一〇〇九万六七九四円は右金額を下回るから、本件更正及び本件賦課決定はいずれも適法であり、また、原告の実額主張は理由がない。
五 よって、原告の請求は理由がないのでこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 亀川清長 裁判官 早川真一 裁判官 福島恵子)
(別表一)
(類似同業者の収入金額、電力使用量及び調整済所得金額)
<省略>
(別表二)
(類似同業者の一キロワット時当たりの収入金額及び所得率)
<省略>
(別表三)
原告の不動産所得の総収入金額
一 シャトルマンション
<省略>
二 ストークマンション
<省略>
三 総収入金額
<省略>
(別表四)
新たに判明した家賃収入の内訳
<省略>
(別表五)
不動産所得の総収入金額の双方主張額比較検討表(共益費収入を除く)
一 シャトルマンション
<省略>
二 ストークマンション
<省略>
三 合計金額
<省略>
(別表六)
類似同業者の不動産所得の総収入金額、調整特前所得金額及び所得率一覧表
<省略>